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Q&A 金融機関取引の基本

融資編

Q6

 金融機関から借入金と預金を相殺されることはあるのでしょうか。それはどういう場合でしょうか。

A6

 相殺をするには要件があります。
 まず法律上の原則から説明します。
 法律上、「二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。」(民法505条1項)と規定されています。
 この条文から、相殺の要件は、①二人が互いに債務を負担すること、②両債務が同種の目的を有すること、③両債務が弁済期にあること、④両債務が性質上相殺を許さないものではないこと、となります。
 これらの要件を充たした状態を「相殺適状」といい、これによる相殺を「法定相殺」といいます。
 (なお、この他に相殺が許されない場合(消極的要件)もありますが、ここでは省略します。)
 金融機関と債務者企業の間の借入金と預金は、①②④の要件をまず充たします。
 借入金の弁済期が到来していないなど債務者企業に期限の利益(約定返済を各約定期日到来まで待ってもらえる利益。同法136条)がある場合には、③の要件を充たさないので金融機関から相殺をすることはできません。
 したがって、長期約定返済の1回を延滞しただけでは、残借入金全額の期限の利益が喪失されるわけではありませんので(同法137条参照)、残借入金と預金とを相殺することはできません。
 なお、定期預金の満期が到来していない場合も③の要件を充たさないようにみえますが、これは金融機関に与えられた期限の利益であり、金融機関はこれを自由に放棄することが可能ですから(同法136条2項)、定期預金の満期未到来については③の要件の妨げにはなりません(大審院昭和9年9月15日判決)。
 以上が法律上の原則です。
 しかし、金融機関からの融資においては、通常この原則は当事者間の合意により修正されており、この原則通りに処理されることは実際はほとんどないと言ってよいです。
 当事者間の合意とは、融資の際に締結される銀行取引約定書(銀取約定)や金銭消費貸借契約証書の各条項をいいます。
 銀取約定等では、「第●条(期限の利益の喪失) 債務者について次の各号の事由が一つでも生じた場合には、債権者からの請求によって、債務者は債権者に対するいっさいの債務について期限の利益を失い、直ちに債務を弁済する。 ●号 債務者が債権者に対する債務の一部でも履行を遅滞したとき。」などという条項があると思います。
 これにより、長期約定弁済のうち1回でも約定返済を延滞したときは、金融機関からの請求(「期限の利益喪失通知書」などという書面が内容証明等で交付されます。)により、債務者企業は期限の利益を失うことになります。
 これにより③の要件も充たし相殺適状となれば、金融機関は借入金と預金を法定相殺することができます。
 さらに銀取約定等では、「第●条(相殺、払戻充当) 期限の到来、期限の利益の喪失、買戻債務の発生、求償債務の発生その他の事由によって、債務者企業が金融機関に対する債務を履行しなければならない場合には、金融機関は、その債務と債務者企業の預金その他金融機関に対する債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、いつでも相殺することができるものとします。」などと規定し、このことを当事者間の合意としても盛り込んでいます(「約定相殺」「相殺合意」「相殺予約」などといいます)。
 このような約定相殺(相殺合意、相殺予約)についても判例上有効であると認められています(最高裁昭和45年6月24日判決)。
 相殺の手続については、「相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってする。」(同法506条1項第1文)とされており、金融機関から債務者企業に対し相殺の通知が発せられます。
 また、相殺と同様の効果を得るものとして、払戻充当の方法が規定されています。
 銀取約定等では、「第●条(相殺、払戻充当) 前項の相殺ができる場合には、金融機関は事前の通知および所定の手続を省略し、債務者企業にかわり諸預け金の払戻しを受け、債務の弁済に充当することもできます。この場合、金融機関は債務者企業に対して充当した結果を通知するものとします。」などと規定されています。
 これにより、金融機関は、約定相殺ができる場合には、債務者企業から委任を受けたものとして債務者企業の預金を払い戻し、これを借入金の弁済に充当することができることになります。
 以上の通り、債務者企業は、約定返済の1回でも延滞した場合には、いつでも残借入金全額を預金と相殺ないし払戻充当をされうる状況に置かれることになります。