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Q&A 金融機関取引の基本

融資編

Q2

 取引先への代金支払いを遅延しています。取引先から預金を仮差押えされると、その銀行からの借入はどうなりますでしょうか。

A2

 仮差押えは、債権者たる取引先が①被保全権利及び②保全の必要性を疎明すれば発令されます(民事保全法13条)。
 取引先への代金支払いを遅延している場合は、取引先において売買代金請求権(民法555条)等の①被保全権利が存在することになります。
 ②保全の必要性については、「仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。」(民事保全法20条1項)と規定されており、債権者たる取引先はこうした具体的なおそれを疎明することになります。
 実務上、預金などの債権の仮差押えの場合は、債務者に他に不動産などのめぼしい資産がないことも保全の必要性として疎明します。
 疎明というのは、裁判所の心証の程度が証明より低く、一応確からしいという程度をいうとされています。
 そして、仮差押えは迅速性・密行性が重視され、債務者への審尋も不要で、極めて迅速に発令されます。
 東京地裁の場合、申立即日に裁判官による債権者審尋があり、上記の疎明がなされれば、同日担保決定(同法14条)が発令され、保証金を供託し次第、直ちに仮差押命令が発令されるという流れが多いと思われます。
 仮差押命令が発令されると、当事者(この場合は債権者である取引先、債務者である当社、第三債務者である銀行)に対して命令が送達されます(同法17条)。
 仮差押命令の送達を受けた銀行は、当社への弁済を禁止されます(同法50条1項)ので、当社は預金の払戻しができなくなります。
 では、既存の借入金や、今後の借入はどうなるでしょうか。
 法律上は、期限の利益の喪失事由は、①債務者の破産手続開始決定、②債務者による担保の滅失・損傷・減少、③債務者の担保提供義務不履行、とされており(民法137条)、仮差押を受けただけでは、期限の利益の喪失事由とはなりません。
 しかし、通常この原則は当事者間の合意により修正されており、この原則通りに処理されることは実際はほとんどないと言ってよいです。
 当事者間の合意とは、融資の際に締結される銀行取引約定書(銀取約定)や金銭消費貸借契約証書の各条項をいいます。
 銀取約定では、「第●条(期限の利益の喪失) 第●項 債務者について次の各号の事由が一つでも生じた場合には、債権者からの通知催告等がなくても、債務者は債権者に対するいっさいの債務について当然期限の利益を失い、直ちに債務を弁済します。 第●号 債務者またはその保証人の預金その他銀行に対する債権について仮差押、保全差押または差押の命令、通知が発送されたとき。」などと規定されています。
 したがって、本件のように預金に対して仮差押を受けた場合には、当社は既存の借入金について当然に期限の利益を喪失し、即時に残借入金全額を銀行に返還すべき義務を負うことになります。
 返還義務を負うということは、裁判になれば返還を命じる判決が出され、これに従わなければ財産を強制的に換価してその代価から返済をさせられるということを意味します。
 この場合、銀行としては債権回収のためまず預金と借入金との相殺をします。
 相殺をするためには、相手方の債務の弁済期が到来していることが必要となりますので(自己の債務の期限の利益は自由に放棄できる(民法136条2項))(同法505条1項。相殺適状)、当社の借入金が弁済期未到来であれば、本来は銀行は相殺することはできません。
 しかし、上記の銀取約定の規定により、仮差押命令の発令により借入金の期限の利益は当然喪失して相殺適状となりますので、銀行は相殺が可能となります(最高裁昭和45年6月24日判決)。
 さらに、差押の事案ですが、銀行は差押後においても預金と借入金を相殺することができるとされています(同上最高裁判決)。
 銀取約定でも、「第●条(相殺、払戻充当) 第●項 期限の到来、期限の利益の喪失、買戻債務の発生、求償債務の発生その他の事由によって、債務者が債権者に対する債務を履行しなければならない場合には、債権者は、その債務と債務者の預金その他債権者に対する債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、いつでも相殺することができるものとします。」などと規定され、当事者間の相殺予約の合意としています。
 以上の結果、当社が取引先への支払を遅延しているうちに、取引先から預金に対し仮差押命令申立をされ、裁判所から発令がされると、その銀行からの借入金全額は当然に期限の利益を喪失し、預金と相殺され、相殺後の残借入金債務について一括返還義務を負い、延滞に陥るということになります(延滞後の展開については、Q&A 金融機関取引の基本 融資編Q1及びQ&A 金融機関取引の基本 担保編Q1をご参照ください)。
 また、銀行は既存の借入金について期限の利益を喪失した債務者に対し、新規の貸付をすることは通常ありません。
 こうなると当社の事業継続は非常に困難な状況に陥ります。
 取引先への代金支払を遅延しないようにすることが最も重要ですが、資金繰り上やむを得ず遅延する場合でも、取引先にはきちんと支払いの見通しを説明するなど誠意をもって対応し、仮差押などをされるようなことがないよう注意すべきです。