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Q&A 金融機関取引の基本

事業再生・倒産編

Q8

 厚生年金基金から任意に脱退したいのですが可能でしょうか。脱退に伴う特別掛金の負担による巨額の損失計上と資金手当も課題です。金融機関との取引にどのような影響がありますでしょうか。

A8

 Q7では基金の解散の場合について説明しましたが、ここでは母体企業が基金から脱退する場合について説明します。
 法令上、母体企業が基金からの脱退する場合の基金における手続を定めた規定はありません(当該母体企業における手続については厚生年金保険法144条が規定しています)。
 他方で、当該基金の設立事業所が減少する場合には、基金は当該減少にかかる設立事業所から一定の掛金を一括徴収することとされています(同法138条6項)。
 そこでまず、そもそも設立事業所たる母体企業は基金から任意に脱退することができるか(掛金の一括納付をしたうえで)、基金は脱退を制限することができるか、という点が問題となります。
 この問題に関しては、AIJ投資顧問による詐欺的被害やずさんな未公開株運用等により巨額の運用損失を出し、さらに事務長が巨額の横領をして海外に逃亡したなどとされる長野県建設業厚生年金基金に対し、母体企業が脱退を主張して同基金の代議員会議決の無効確認を請求する形で裁判で争われ、平成24年8月24日、長野地裁にて第1審判決が出された事案があります(以下「本件訴訟事案」といいます)。
 事案の概要は、母体企業の1社が同基金に対して任意脱退を申し出て、基金から特別掛金の納入告知を受けたので同掛金の納入の準備もしていたところ、同基金から先に代議員会の議決が必要であったとして同掛金の納入留保を依頼されたので納入を留保していたら、同基金から、脱退は規約の変更に該当し代議員会の3分の2以上の多数による議決が必要であるが、不承認との議決結果となったとの通知がなされたことから、上記の請求をして訴訟提起したというものです。
 裁判所は結論として、原告企業の請求を認めました。
 以下、その判断過程について簡単に説明します。
 まず、本判決は、脱退により被告基金の規約(以下「本件規約」といいます)別表から原告企業を削除することは規約の変更にあたるとし、その場合は本件規約に基づき代議員会の3分の2以上の多数による議決が必要となるとしたうえで、それはいわゆる「脱退の自由」を制限するものとなるが、かかる制限が許されるか、という議論の立て方をしています。
 「脱退の自由」については、基金は設立自体は任意で行われるものであることから、原則として母体企業には脱退する自由も保障されているとしています。
 そのうえで、基金の公的性格等から脱退に一定の制限をすること自体には合理性があるとしながら、脱退企業は掛金を一括納入すべきとされていることや、当該企業の代行部分は企業年金連合会に引き継がれること等から、任意の脱退を常に制限する合理的理由は存在しないとしています。
 そして、「やむを得ない事由」がある場合には、基金は任意脱退を制限することは許されず、この場合には、母体企業の任意脱退自体には代議員会の議決又は承認は不要である、という判断基準を示し、さらに、この場合には厚生労働大臣の認可も不要であるとしました。
 この脱退についての「やむを得ない事由」とは、被告基金の事業の不振や他の構成員の不誠実などの事情も当たり、被告基金との信頼関係の破壊が重要な要素となるとして、本件訴訟事案では、①被告基金の財政赤字増加、②被告基金における巨額の使途不明金の発覚や事務長の行方不明など被告基金の運営方法について重大な疑義があり、被告基金の存続が危ぶまれている状況から、もはや原告企業が被告基金に対して信を置くことができないと判断したのも無理はない状態であるとして、脱退するについて「やむを得ない事由」があるとしました。
 本件訴訟事案は控訴されて引き続き争われており、判決が確定するまでは流動的ですが、この判断基準は知っておいてよいかと思われます。
 ただ、1つ留意すべきは、本件訴訟事案の原告企業は特別掛金の一括納付をすることができた状態であった(「履行の提供」といいます)という事実です。
 特別掛金の一括納付ができない場合は、本判決の「やむを得ない事由」以前に法律上そもそも任意の脱退はできないものと考えられます(法138条6項)。
 脱退に伴う特別掛金の会計処理や資金調達、金融検査マニュアル上の取り扱いなど金融機関との関係等については、Q7の後半部分での説明と基本的に同様ですので、そちらをご参照ください。